吹く風

笑根能彩、よもぎ色の風に染まって

笑う猫

 
 二十年ほど前のこと。嫁さんと通りを歩いている時に、丘の上にある禅寺から何か不思議な気配を感じた。見上げてみると、その丘の中腹に一匹の猫がいて、こちらをジッと見つめている。
 
 目を合わすと猫はニコッと笑った。体全体がふくよかで、えらく品のある茶トラ猫だった。その笑いも余裕を感じる笑いで、猫怖がりのうちの嫁さんも、なぜかその猫は怖くなかったらしく、ニコッと笑いを返していた。
 
 嫁さんはその時、
「あの猫、あの禅寺で修行を積んで悟りを開いたのかもしれんね」
 と言っていた。
 
 禅に「南泉斬猫」という、坊さんが猫を斬る話がある。南泉というのは高僧で、弟子たちに悟りを開かせるために猫を斬ったわけだが、それと同時に猫にも同じ施しをやったに違いない。おそらく猫は、その瞬間に悟りを見たことだろう。そして安心を得たことだろう。
 
 その猫を見て、ぼくはふとその話を思い出した。笑う猫、実は斬られた猫の生まれ変わりだったのかもしれないな。いや案外、南泉の生まれ変わりかもしれぬ。
 
 喝!
 
 
(2010年6月7日 記)

立春明けの三社参り

今日は休み。おまけに天気がいい。

ということで、宗像大社、宮地嶽神社、太宰府天満宮という、県内でも有名な神社に、お参りに行ってきた。

何で今頃三社参りをやるのかというと、九星や四柱推命などの占いをやっている方はご存知と思うが、干支が変わるのは正月ではなく、実は立春なのだ。つまり、今年でいえば、午年は2月4日から始まったわけだ。

おそらく、初詣ではなく、立春明けに三社参りをしているような人は、占いマニアか、ぼくのような変わり者だけだろう。

さて、時期を外した三社参りだが、ことのほか各神社への参拝客は多かった。

特に多かったのは太宰府天満宮で、おそらく初詣級の人出だったのではないだろうか。
参道は人、人、人。まるで東京に住んでいた頃に、新宿駅で味わったのと同じような人混みだったが、もちろんこれは受験シーズンという時期的なものと、春節による観光客の影響だと思う。
 
しかし中国人観光客の多さには驚いた。
こういう情勢なので、さすがに今年は少ないだろうと思っていたのだが、甘かった。
参道や境内では、いつも以上に中国語が飛び交っていた。

 

名木 飛梅



幸せの行方

 ※2001年の日記です。

 

「はー」とため息をつくと、「幸せが逃げるよ」とよく言われる。
 一理あるが、さて、その幸せはどこに逃げるんだろうか?そしてその幸せを取り戻す方法はあるんだろうか?

 幸せとはその人の心の持ちようだという。
「貧乏であっても幸せと思っている人は幸せだし、金持ちであっても不幸せと思っている人は不幸せだ」
 幸せを語るときに、よく引き合いに出される喩えだ。だから「物事をネガティブに捉えずに、ポジティブに考えましょう」という無責任な考えもここから出てくる。

 しかし、へりくつ野郎のぼくの経験から言わせてもらえば、それは不幸せなことなんです。そういう風に自分の心を縛って、無理矢理ポジティブに考えようとすることが、幸せだと言えるんだろうか?

 例えば人通りの多い道を歩いている時に、石につまづいてこけたとしよう。その時「おお、おれはなんと幸せなんだ!!」と思う人がいるだろうか?大半の人は「ちぇっ、ついてない。恥かいてしまった。今日は不幸な一日だ」と思うのではないだろうか。

 しかしポジティブの考え方から言えば、「これを幸せだと捉えないと」と、こけたことが幸せであるための根拠を探さなければならない。

「そういえば、こけた場所のちょっと先に犬の糞が落ちていたなあ。こけなかったら気がつかんで踏んでいただろう。おれはなんと幸せなんだ!」とか、
「今日こけたということは、次からここを通る時は用心して歩くだろうからこけなくてすむ。なんとおれは幸せなんだ!!」とか、
「おっ、今日のこけ方は決まっていたぞ。おそらく見ていた人も『かっこいい』と思っただろう。うーん、なんといい日だ」などと、「ちぇっ、ついてない」の何十倍のことを考えなければならなくなる。

 しかも、この幸せに考えようとする癖をつけてしまうと、万事にこの考え方をしなければ気がすまなくなる。つまりは「幸せの言い訳」である。

 これを続けていると、他人から、
「変な言い訳するねえ」
「回りくどい人やねえ」
「素直さが足りんねえ」
「いつもヘラヘラ笑いよるねえ」
 などと言われ変人扱いされてしまう。そんな陰口を叩かれても、なお
「おお、おれは陰口を叩かれている。なんと幸せなんだ!!」と思おうとする。いや、そう思わないと何か落ち着かなくなってしまう。

 ここまでくれば、立派な病気です。これを不幸と言わずに、何を不幸と言うのだ!?心の持ちようだの何だの言うが、不幸なものは不幸です!

 さて、冒頭の「ため息をつくと、幸せが逃げる」というのは、「『ため息をつくと幸せが逃げる』と思うことが、不幸せ」ということだ。
「あ、ため息ついた。どうしよう?」と思うより、そのことに触れずに歌でもうたっていたほうが賢明である。

 幸せはどこに逃げるのか?
― はい、あなたが「幸せが逃げる」と思っているところに逃げます。つまり意識がそこに移行するだけの話です。
 幸せを取り戻す方法は?
― はい、忘れることです。忘れることが一番幸せです。

 

(2001年11月5日 記)

にわかファン

 1972年2月11日、札幌オリンピックでスキー90m級ジャンプ競技が行われていた。その5日前に、あの「笠谷、金野、青地」が70m級ジャンプで金銀銅を独占したのだ。当然90m級も、笠谷に金の期待がかかる。1回目は成功ジャンプだった。しかし、2回目のジャンプで風による失速。結局メダルには至らなかった。

 さて、その日ぼくは、北九州市の隣にある直方市に行っていた。直方に何をしに行ったのかというと、友人たちと直方駅にある機関庫にSLを見に行ったのだ。冒頭の札幌オリンピックの模様は、ラジオで聴いていて、笠谷のジャンプは、直方機関庫からSLが走り出すところを撮るために、場所を移動している時だった。

 当時、SLブームの真っ盛りだった。全国のSLが次々と廃止になる中、その雄姿を惜しむ人たちが、カメラを持ってSLに殺到した。
 だが、ぼくはSLには興味がなかった。直方に行ったのも、別にSLが見たかったわけではなく、ただのつき合いだった。その日のぼく関心事は、何といっても笠谷のジャンプだったのだ。

 SLのことだが、最初にその言葉を聞いた時、何のことかわからなかった。
「SLちゃ何か?」
蒸気機関車のことたい」
「なーんか、汽車のことか」
 SLなどと言うので、何か特別なものと思っていた。小学生の頃、毎日学校の行き帰りに見ていた汽車に、何で友人たちが「デゴイチ」だの「シロクニ」だのわけのわからないことを言って騒いでいるのか、ぼくには理解できなかった。

 当時ぼくが持っていたSLのイメージというのは、『薄汚れたおっさん』である。だからSLブームの時も、「わざわざ『薄汚れたおっさん』なんか、撮りに行かんでもいいやんか」と思っていた。
「どうせ写真も撮らないから、カメラなんか必要ない」
 そう思って、直方行きには、カメラの代わりにラジオを持って行った。

「お、次は笠谷」というぼくの声にも、SLファンの友人たちは反応しない。しきりに地図を片手にポイントを探している。
(笠谷のジャーンプ!)
「飛んだ!」
 友人たちは「この天気だから、あまりいい写真が撮れないかもしれん」などと言っている。
(ああ、風が・・。距離が伸びない!)
「あーあ、だめかぁ…」
「しんた、何がだめなんか?」
「笠谷」
「笠谷?優勝したやないか」
「それはこの間の話。今日は90m級」
「ふーん」
 ぼくがSLなんかどうでもいいように、彼らは笠谷なんかどうでもよかったのだ。

 札幌オリンピックが終わってから、ぼくの笠谷熱は冷めていった。それから少し後に、友人たちのSL熱も冷めていったようだ。どちらも『にわかファン』だったのだろう。

 

(2003年3月23日 記)

ぼくはペテン師さ

-いつの頃からだったろう、君の存在に気づいたのは
--またその話か
-いや、今日こそははっきりしておきたいんだ
--別にそんなことどうでもいいじゃないか
-じゃあ、君はいつからここにいるのか覚えていると言うのかい?
--そういうことも忘れたなあ。ごく最近と言えばそんな気もするし、ずっと以前からと言えばそういう気もする
-わからないな
--そう、それでいいんだよ。ぼくは君が気づく前から、君のそばにいるんだから

-生まれた時のぼくはどうだった?
--どうだったって、今と何ら変わらないよ。見えるものを見て、聞こえるものを聞いていただけなんだから
-生まれた時と変わらないってことはないと思うんだけど
--変わってないよ。変わったと思うのは君の錯覚だよ
-でも、現にぼくは成長しているじゃないか
--成長ねえ。ただ服を着替えただけと思うんだけど
-ああ、毎日服は着替えているよ
--そういう意味じゃない。人は誰も、存在という服を着ているのだ。その時その時、その場その場で、その服は変わっていく。しかし、服はいつも変わるけど、それを着る人はいつも同じなんだ
-よくわからない
--わからなくていいんだ

-ぼくには多くの敵がいる。いったいどう対処したらいいんだろう
--気にするな
-気にするなと言われても、気になるものはしょうがない
--君が敵だと思うから敵なんだ。敵と思わなければ気にならないだろ
-敵と思うななんて、そんなことできるわけないじゃないか
--相手の存在が嫌なんだろ?
-そうだよ
--『嫌』を心の中から追い出せばいいじゃないか
-そんなこと出来るはずないだろ
--じゃあ、『嫌』を楽しんだらどうだい

-ぼくは小さい頃から、ほら吹きって言われてるんだけど
--それはしかたないだろう
-何で?
--ぼくがガイドラインだからさ
-誰がそんなこと決めたんだ?
--誰がって、君が生まれる前から決まっていたことさ
-誰が決めたんだ?
--君だよ
-ぼくが生まれる前に、君をガイドラインと決めたというのか?
--ああ、そうだよ
-それはおかしい
--どうして?
-無の状態のぼくが、君を認識するわけがないじゃないか
--もちろんだ。だけど、君はちゃんとぼくを選んだんだよ。というより、生まれる前から、君はぼくで、ぼくは君だったんだ
-君は君、ぼくはぼくじゃないか
--それは違う
-どう違うんだい
--ぼくは君だから、ぼくでありうるんだ
-またわからないことを言う
--わからなくていいよ
-君はいったい何者なんだ?
--ぼくか。ぼくはペテン師さ

(2003年6月23日 記)

13日の金曜日

【13日の金曜日】
 そうだった。今日は13日の金曜日だった。キリストが磔にあった日ということで、キリスト教徒がもっとも忌み嫌う日である。

 元々この日は、ただの13日の金曜日に過ぎなかった。ところが、キリスト教ナイズされた人間が、まことしやかに「不吉、不吉」と言いだしたものだから、いつの間にか仏滅や三隣亡と同じく、厄日に数えられるようになってしまった。

 これに天中殺や大殺界など占いの凶日などを加えたら、日本は厄日だらけになってしまう。これでは景気は回復しないだろう。

【キリスト教の教え】
 ところで、ぼくはキリスト教とまったく無縁なわけではない。幼い頃、ミッション系の保育園に通っているのだ。

 そこでキリスト教の儀式みたいなのもをやった覚えがある。例えば、昼食はいつも「天にまします我らの父よ。願わくは…」などとお祈りしてから食べていたし、金曜日は園内にあるお御堂に行ってお祈りしていたものだ。

 また、金曜日は肉を食べてはいけないなどと教えられた。ところが、金曜日というと、我が家はいつもカレーライスだった。子どもの教育に熱心で、そのためにわざわざ洗礼まで受けた伯母が作っていたのだが、しっかりと肉は入っていた。

 ぼくは4歳の頃から2年間その保育園に通った。心理学では、そういう時期に受けた教育というのは、後々まで残るというようなことを言っているが、ぼくは何も残ってはいない。しいて残っているものといえば、悪いことをした時に閉じこめられていた物置の恐怖ぐらいだ。

 その物置は狭く、戸を閉めると光と外気を遮断した。当然中は真っ暗になり、カビ臭さだけが残る。それが恐怖を誘い、地獄に堕ちた感じがするのだ。

 おそらく先生は、悪いことをすると地獄に落ちるということを教えたかったのだろう。だが、結果的には、「暗く狭い場所」に対する恐怖心を植え付けられただけだった。

チビチビ

本やネットで水分補給が大切と書いているんだけど、一つ疑問に感じていることがある。

それは飲み方のことで、本やネットには「チビチビ200ml」などと書いているんだが、200mlを飲むときは、チビチビではなくゴクゴクではないだろうか。

一般的にチビチビは、お猪口で飲むときの表現なんだから、ここでは〈200mlを数回に分けて、ちょっとずつ飲む」、といった表現が正しく、わかりやすいと思うのだが。