吹く風

笑根能彩、よもぎ色の風に染まって

笑う猫

 
 二十年ほど前のこと。嫁さんと通りを歩いている時に、丘の上にある禅寺から何か不思議な気配を感じた。見上げてみると、その丘の中腹に一匹の猫がいて、こちらをジッと見つめている。
 
 目を合わすと猫はニコッと笑った。体全体がふくよかで、えらく品のある茶トラ猫だった。その笑いも余裕を感じる笑いで、猫怖がりのうちの嫁さんも、なぜかその猫は怖くなかったらしく、ニコッと笑いを返していた。
 
 嫁さんはその時、
「あの猫、あの禅寺で修行を積んで悟りを開いたのかもしれんね」
 と言っていた。
 
 禅に「南泉斬猫」という、坊さんが猫を斬る話がある。南泉というのは高僧で、弟子たちに悟りを開かせるために猫を斬ったわけだが、それと同時に猫にも同じ施しをやったに違いない。おそらく猫は、その瞬間に悟りを見たことだろう。そして安心を得たことだろう。
 
 その猫を見て、ぼくはふとその話を思い出した。笑う猫、実は斬られた猫の生まれ変わりだったのかもしれないな。いや案外、南泉の生まれ変わりかもしれぬ。
 
 喝!
 
 
(2010年6月7日 記)